🍽️昭和では“当たり前”、今では“ありえな~い?”な10の常識

〜食卓と暮らしにしみ込んでいた、あの頃の空気〜

昭和の時代には、誰もが疑いもせずに信じていた“常識”がありました。 今振り返ると「なんでそんなことを?」と笑ってしまうけれど、当時は本気でそう思われていた——そんな昭和の空気を、食べ物を中心に振り返ってみました。

① ご飯はフォークの“裏”にのせて食べるのが正しい

昭和40年代の洋食マナー教室では、 「ご飯はフォークの裏にのせるて食べるもの」 と真剣に教えられていました。 子どもたちは慣れない手つきで裏側にご飯を押しつけ、ぽろぽろ落としながら食べたものです。 今ではもちろんそんな必要はありませんが、 いったい誰があの“ハイカラのマナー”を広めたのでしょうか?まさしく、昭和の洋食文化の象徴でした。

② ご飯は“山盛り”が正義

昭和の食卓といえば、茶碗からこんもり盛り上がった白いご飯。 「たくさん食べる子はいい子」 「男の子は大盛りを食べなさい」 そんな言葉が飛び交い、食卓にはいつも“量”の価値観がありました。 今は健康管理が語られる時代ですが、 あの山盛りご飯の安心感は、昭和の家庭のぬくもりそのものでした。

③ バナナは“特別な時に食べられるごちそう”

今ではコンビニで買えるバナナも、昭和では高級品。 風邪をひいた子どもに母親がそっと差し出す—— それはまるで“特別なご褒美”。 運動会で食べたバナナの味は忘れられないくらい美味しく、そして懐かしい気分がよみがえってきます。

④ 無理してでも“完食”するのが礼儀

「好き嫌いは許しません」 「残すのは作った人に失礼」 昭和の食卓では、完食は“礼儀”であり“しつけ”でした。 今はアレルギーや体調が尊重されますが、 当時は“残す=悪いこと”という空気が家庭にも学校にもありました。

⑤ 家族全員が“同じメニュー”を食べるのが当たり前

昭和の夕食は、家族全員が同じおかずを囲むのが普通。 「今日はこれ!」と母が決めたら、それが全員のメニュー。 「いやだったら食べなくていい」と本当に片づけられるので、 “出たものをみんなで食べる”ことが家族の一体感そのものでした。

⑥ 日焼けして黒いほど“健康的”

夏休み明けの教室では、 「お前、黒くなったなあ!」 と褒め言葉が飛び交いました。 日焼け止めなんてなく、真っ黒に焼けた肌は“元気の証”。 今では紫外線対策が常識ですが、 昭和は太陽の下で遊ぶことが健康の象徴でした。

⑦ 風邪は“布団かぶって汗をかけば治る”

昭和の家庭療法の王道。 布団を何枚もかけられ、 「汗をかけば治るから」 と言われて寝かされたものです。 今では体温調整が大切とされていますが、 あの“汗だく療法”には昭和の母親の愛情が詰まっていました。回復後に作ってもらった”なべ焼きうどん”は忘れられない。

⑧ 運動中は“水を飲んではいけない”

部活では「水を飲むとバテる」と本気で信じられていました。 炎天下でも水筒禁止、休憩中も飲水禁止。 今では考えられませんが、当時の体育会系文化を象徴する「気合と根性」の“昭和ルール”でした。付け加えると、夏の遊泳も禁止でした。

⑨ 傷には“赤チンキ”が万能薬

転んで膝をすりむけば、まずは赤チン。 なんでも赤チン。消毒液というより“魔法の赤い薬”のような存在で、 塗ってもらうと不思議と痛みが引いた気がしたものです。 今では使用されなくなりましたが、 昭和の薬箱には必ず入っていた家庭の味方でした。

⑩ 先生の言うことは“絶対”

昭和の学校文化は、先生が絶対的な存在。 「先生が言うなら間違いない」 「先生の言葉はいつも正しい」 そんな空気に満ちていました。「先生に叱られるようなことをしたお前が悪い」と理由も聞いてもらえず一方的に、親にも叱られた。 あの頃の“先生中心の世界”は、昭和の教育を象徴する風景でした。

✨まとめ

昭和の常識は、今では非常識。 でも、そのどれもが 皆が頑張ることに一生懸命だった

がむしゃらさや、 家族や人間関係の距離の近さ を思い出させてくれます。

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